2025/06/20
1985年に第1回を迎え、中止1回(とはいえ回数にはカウント)をはさんで実に35回もの回数を数えるKEIRINグランプリ。
もともとは、ウィキペディアの当該項目にもあるとおり、1985年中に、半ば思いつきのようにいきなり始められたレースでした。
1985年は佐々木昭彦選手が中野浩一選手の番手、井上茂徳選手が3番手で、それをものともせずそれをものともせず鬼足を発揮した井上選手が佐々木選手を追い越して2着に来たため、中野ー井上でも高配当になりました。
KEIRIN GRAND PRIX 85
[1985年]KEIRINグランプリ1985 優勝者 中野浩一(福岡)
1986年の第二回は、井上茂徳選手が鬼足を発揮して優勝、ゴール後にその後のグランプリでもありがちなゴール後の落車がありました。
で、今では考えられないことですが、当時の慣習からか、先頭誘導員が直後に着けた選手をアシストするべくもがいています。
KEIRINグランプリ’86